BLOGブログ
この前、小学生が中学生に対して呼び捨てで名前を呼んでいるのに驚いた。
当人たちは、当たり前のような感じだったので特に突っ込むことはなかったが、
上下関係の中で育ってきた俺は、そこに違和感を感じざるを得ない。
近頃、問題になっているスポーツ界の問題は、こんな関係に違和感を持ってしまう古い人間の考えに、
新しい考えを持った若者達が違和感を持って問題が顕在化しているとも言えるが、古い考えにもいいところはある。
かと言って、上下関係を肯定しているわけではないが・・・。
まず上下関係がある、つまり仕事の中では、上司と部下の関係、子ども達の中では、先輩・後輩があるだけで、
その人の背景がはっきりし、適切な発言や振る舞いができる。
場をわきまえる能力っていうのが、日常の中で身につくと思う。
例えば、年下の人間は、上の人間より時間より早く来るのは当たり前だし、準備等している時も雰囲気を察して先に動く。
こんなことが、自然とできるようになる。
こんなのは、パワハラでも上下関係でもなく当たり前のことと思うんが・・・。。。
この考えも古いのか???
以前読んだことのある「自由」と「規律」という本の中に、
「自由」の前提として「規律」が存在すると書いてあった。
これは、日本的な考えじゃなく、イギリスのパブリックスクールの話。
「自由」と言われている欧米でも、このような考えは存在する。
言いたいのは、「自由」とやるべきこと・あるべき姿をはき違えてないか??
ということだ。
これからは、個人が活躍する時代と言われている。
成長社会から、成熟社会への変化。
企業が成長していく中でのいち個人より、企業という枠にはまらない個人の力が大切になってくるといわれている。
その中では、上下関係等の古い慣習はますます撤廃されていくと思うが、
より個人が活躍していくためには、環境に適応する能力というのが必要になってくるだろう。
個人の能力が発揮される「自由」の裏には、必ず周りとの関係性は存在する。
すぐにその人の背景が見えないからこそ、雰囲気を察しなければいけないこともあるように思う。
こんな考えは、やっぱりスネ夫なんかな(笑)
うまく生きながら能力を発揮しないとな。
猿から人間に進化できたのは、環境に適応する能力が高くなったからだ。
という事は、、、
やっぱりこいつはまだ猿だ(笑)
×