この3連休の中で、6年生と過ごす親子サッカーや卒団式的なものも予定されていたんだが、
ことごとくクソコロナのせいで無しになってしまった。
最後が近づいているからってのもあるのだろうが、
1つの予定が無くなっただけで、ドカンと大きな穴が開いたような感覚になってしまう。
今週末が最後の週末活動だと思っていたのでなおさらかな。
4年生の時に担当して、1年空き、また6年生の時に担当した子どもたち。
4年生を1年通して担当するって経験がなかった自分に、様々な気づきや宿題を与えてくれた。
特に、瀬戸口がソレッソに来て1年目で6年生を担当し、全く勝てないまま次の年に担当した子どもたちだったので
『あぁ。あのハズレコーチね』的なところはあったかもしれないが
まぁそれは実績がモノをいう世界ではあるし、自分の子どもたちへの向き合い方を貫いて、悪い印象があるならば拭っていくしかないと思ってた。
担当したそれぞれの年を思い返せば
4年生の時もたくさん悔しい想いをさせてしまったと思ってる
蹴ろう大会で太陽鹿児島に負けたことや
垂水でチェスタに負けたのもそう
指宿の練習試合で全ての試合フルボッコにされたこともあったよね。
でも意外に(と、言っちゃ失礼か笑)
宮崎から優勝旗を持ち帰ってきたり、セトグチがトレセン大会で不在な時、しれっと優勝しちゃうような子たちでもある。
5年生の時はほぼ観ることはできなかったが、マサトを張り付けさせて都度その状態を聞いてはいた。
いま、思えばその時から6年で担当する予感があったのかもしれない
担当となるのが決まって、最初の都城での練習試合で、
『こいつら、強くなるわ』って思ったのは覚えてる。
んで、ニューバランスカップを経て4月に入ったんだけど
4月 オーマイゴッド
5月 少しずつ復調
6月 それなりに良好
7月8月9月 ガッデム
10月 心配
11月 それなりに良好
12月 まあまあ
1月 いい感じ
2月 おそらく絶頂
3月 急降下
って、簡単に言うならこんな感じの1年だったと思う(簡単すぎるやろ)
4月始まって、あれ?もっとできるやろ?って思う時期もあったけど
それよりも県ちびっこが終わった後の夏から全日までの間はだいぶ忍耐の時期だったなぁと思う
なにからなにまで、上手くいかなかったよな~。
その時期、その時期でシステムも変えたし、スタメンも変わっていく中で
スタートから出れない子へもしっかりとアプローチできて、関係性は築けてきたと勝手に思ってる
最初は、掴みどころのない奴らだなーって思ってたけど(笑)
今はやっぱり名残惜しい。
ジュニアユースがあるんでそんなに寂しくないのかなって思ってたけど
やっぱりね。
ジュニアユースへは多くのメンバーが上がってくれる
これからの3年間の成長も楽しみだし
違う道を選択した子についても、どんな成長を見せてくれるのか楽しみである。
県大会の最終日を指揮するという初めての経験を子どもたちに積ませてもらった。
それも2回も。
スーパー感謝である。
優勝という結果を残せなかったのは、他でもない監督である自分の力不足なので、そこは本当に申し訳ない。
でも、自分の全てを注いで、できる限りのことはやってきたし、しっかりと正面から全力で向き合ってきたつもりだ。
これから先、進む道がどうであれ、彼らの幸せしか願っていません。
ここで学んだこと、味わった悔しさや喜び
大切な仲間との時間を忘れずに
そして
少しだけセトグチコーチのことも覚えてもらいながら(いや。絶対忘れんなよ笑)
まっすぐに突き進み、メンタル男前な大人になっていってほしいと思います
何事も一生懸命!
そうであってほしい。
そうあれば、きっと協力してくれる人、サポートしてくれる人が君たちを助けてくれるだろう。
6年生ホントにありがとうな!
君らの担当ができて良かったです。
保護者の皆様
無愛想で話しかけづらい指導者だったと思います。
ブログ書くくせに全然喋らんやん。
と、ゴーストライター疑惑も持ったでしょう。
この子たちが6年生であるのは一生で1度きり。
少しでも多くの良い経験をさせてあげたいと
コロナの中でも止まらぬ活動に対し
ご理解ご協力ありがとうございました。
保護者の皆様のご理解ご協力のもと、お腹いっぱいサッカーすることができました。
上手くいく時期ばかりではなく、試合観ててもおもんないわって時期もあったかもしれませんが
セトグチはいかなる時も、子どもたちと一緒にサッカーを楽しむことができました。
感謝しかありません。
卒団生が誇れるようなチームになっていけるように
粉骨砕身頑張ります。
ありがとうございました。